清水観音堂の御朱印のいただき方や見どころ、アクセス方法

清水観音堂

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上野公園には京都の清水寺を模して建てられた寛永寺清水観音堂があります。
上野の山に現存する最古の建物で、重要文化財に指定されています。
また、境内に植えられている月の松は、歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれ、江戸時代から親しまれています。
今回は清水観音堂の見どころや御朱印のいただき方をご紹介します。

寛永寺 清水観音堂に参拝に伺いました


寛永寺 清水観音堂があるのは、上野公園内。
JR「上野駅」公園口から徒歩5分ほどの場所にあります。
崖の上に立つ朱塗りのお堂です。
清水観音堂は京都の清水寺を模して建てられています。
不忍池を琵琶湖を見立て、不忍池がよく見えるように、正面の崖の上に建てられました。

左右に階段があり、左側の階段を上っていきます。
清水観音堂
外国からの観光客もたくさん訪れます。
上野桜木にある寛永寺とは全く雰囲気が違い、にぎやかです。
境内に入ると、右手に手水舎があります。

さらに階段を上ると、舞台造りのお堂があります。
清水観音堂
御本尊は天海僧正が清水寺から迎えた千手観音像です。
平安時代の比叡山の高僧・恵心僧都の作と伝えられています。
秘仏のため、普段は厨子内に安置されていますが、毎年2月初午の日にだけ厨子の扉が開かれます。
そのため、この日は多くの参拝者が訪れます。
そして、右手には子育観音が祀られています。
古くから子授けや安産、子育ての観音様として信仰を集め、身代わりの人形が奉納され供養されてきました。
現在では家庭の古くなった人形に感謝し、供養するために多くの人が持ってこられます。
毎年9月25日には奉納された人形を供養する行事が行われます。


手水舎の奥には奉納された人形を供養する「人形供養塔」が建てられています。
清水観音堂

月の松

清水観音堂
清水観音堂のシンボルとして江戸時代から人々に親しまれているのが、「月の松」といわれる枝を丸くした松の木です。
月の形をかたどっているそうで、歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』にも描かれています。

こちらの写真は、清水観音堂までの道「うえの華灯路」に置いてある「浮世絵行灯」です。

月の松の輪からは不忍池弁天堂が望むことができます。

ちょうどエメラルド色の屋根が見えますね。
歌川広重もここから不忍池の景色を眺めていたのかと思うと感慨深いです。

当初植えられた松は、明治初期に台風で倒れてしまったそうです。
しかし江戸の風景を復活させようと、2012年150年ぶりに復活しました。
枝を丸くするのには3年半もかかったそうです。
現代の造園技術でも苦労して作られたのですから、江戸時代も大変だったのだろうということが想像されます。
しかし、その当時から高い技術を持つ職人さんがいたのですね。

清水観音堂-松
控えとして小ぶりの月の松が境内の脇に植えられているそうですが、この松でしょうか?!枝が丸くなっていました。
清水観音堂-松
別の角度から。

秋色桜

上野は江戸時代から桜の名所として知られ、「桜の名所百選」にも選ばれています。
清水観音堂のまわりにも桜の木がたくさん植えてありますが、観音堂の裏手には「秋色桜(しゅうしきざくら)」と呼ばれるしだれ桜があります。
清水観音堂
桜が咲いている時期の写真がないので、寛永寺のパンフレットから掲載させていただきます。
清水観音堂
出典:東叡山寛永寺パンフレット
元禄の頃、日本橋の菓子屋の13歳の娘が、お花見の時に賑わう井戸端の様子を「井戸はたの 桜あぶなし 酒の酔い」と一句詠み、桜の枝に吊して帰りました。

当時の寛永寺住職の輪王寺宮のお褒めにあずかり、江戸中の評判になったそうです。
その娘の俳号は菊后亭秋色と号しました。
それを記念してしだれ桜を「秋色桜」と名付けたそうです。
現在植えてある桜は昭和53年に植えられたもので、だいたい9代目にあたると言われているそうです。


また、俳句に詠まれた井戸のあった場所は定かではないそうですが、碑の横に復元されています。
清水観音堂

清水観音堂の御朱印

清水観音堂の御朱印は観音堂内の入って左手の札所でいただけます。
御朱印は1人ずつの対応となり、札所前の左側にロープが張ってあり、そちらに並びます。
清水観音堂
御朱印を書いていただいている間は、ロープの赤いテープのところで並んで待ちます。
【御朱印の初穂料】500円
【御朱印受付時間】9:00~17:00
清水観音堂の御朱印はこちらです。

とても力強く、豪快な御朱印です。
清水観音堂
こちらに載っている見本の御朱印とは字体が違いますが、「千手観世音」と書かれているようです。
また、右側には「江戸三十三観音札所 第六番」の印が押されています。
江戸三十三観音札所とは東京都内にある33ヶ所の観音札所のことです。
清水観音堂

こちらでは、同じく上野公園内にある「上野大仏(パゴダ)」のパゴダ(釈迦如来)とパゴダ(薬師如来)の御朱印もいただくことができると寛永寺のパンフレットには書かれていますが、現在もいただけるのかは確認しておりません。
以前は上野大仏の御朱印が清水観音堂でしかいただけなかったのですが、現在は上野大仏でいただけるようになりました。
清水観音堂

清水観音堂の御朱印帳

清水観音堂
オリジナル御朱印帳は2種類。
紺地に江戸百景の清水観音堂が描かれたものと、白地に月の松が描かれたものです。

寛永寺清水観音堂の歴史

清水観音堂
清水観音堂は寛永8年(1631)に天台宗東叡山寛永寺の開山である慈眼大師天海大僧正によって建てられました。
比叡山延暦寺が、京都御所の鬼門を守ると伝えられていることに倣って、寛永2年に江戸城の鬼門である上野の台地に、寛永寺が建てられました。
そして比叡山延暦寺に倣って、比叡山や京都の寺院を真似した建物が次々と建てられました。
清水観音堂もそのうちの一つ。
京都の清水寺を模していて、舞台づくりのお堂となっています
当初、現在の場所から100mほど北の摺鉢山に建てられました。
しかし元禄初期、現在の噴水広場あたりに、寛永寺総本堂の根本中堂建設が決まると、その工事に伴って元禄7年(1694)9月に現在地に移築されました。
その後、老朽化が目立ってきたため、平成2年から全面的な修復工事が行われ、平成8年に完成しました。
移築された年が元禄9年と伝えられてきましたが、7年だったことがこの工事によってわかったそうです。

もともと、上野公園一帯が寛永寺の敷地でしたが、彰義隊の戦いで多くのお堂が焼失してしまいました。
そんな中、清水観音堂は創建年時がわかっている上野の山に現存する最古の建物で、国の重要文化財に指定されています。

 清水観音堂の基本情報・アクセス方法

所在地:東京都台東区上野公園1-29
開門時間:9:00~17:00
アクセス:JR「上野駅」公園口より徒歩5分
公式サイト:寛永寺清水観音堂

上野駅からのアクセス方法

①JR「上野駅」公園口を出たら、正面の横断歩道を渡ります。

②上野公園内に入り、東京文化会館の横の大きな通りを進んでいきます。
上野公園

③右側に噴水広場がある十字路を左折。
上野公園

④進んでいくと右手には不忍池へ続く階段があり、左手に清水観音堂があります。

まとめ

京都の清水寺を模して造られた清水観音堂は上野に現存する貴重な最古の堂舎です。
境内に植えられた月の松や清水観音堂の舞台からの展望は、江戸の風情を感じることができます。

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